自閉を武器に明るく生きる!じょーのプロフィール

はじめまして。

ライターのじょーと言います。

軽度の自閉症。

ヘタレときどき負けず嫌い。

その特性に気づかず、初めて入社した会社で2年目に左遷され、初めて転職した職場は3か月で首になるという経験を持つ。

このブログではそんな人生失敗続きだった僕が、今をより幸せに生きるための物語を発信したいと思っています。

そんな僕の経歴やこれまで経験したことを簡単にまとめたいと思います。

【高校生以前】周りの目におびえる日々

僕は4人家族、父親、母親、僕、妹の4人家族です。

父親はいわゆる転勤族だったのですが、小学校に入ってからは単身赴任となり、以降四日市で生活してきました。

中学を卒業するころまでは割と成績もよく、大きな悩みもなく、平々凡々とした生活を送ってきました。

その一方で主体性はあまりなく、ちょっとした校則も理由はさっぱりわかっていなくても守るようなそんな学生でした。

そのまま高校生になるのですが、ここで主体性のなさと「枠」に収まろうとする生き方に矛盾が生まれ始めます

高校時代、バスケ部に所属していましたが、そこは県大会を目指して、割とがっつり頑張っているところでした。

でなきゃいけないから練習には出るもののやる気はそんなにない、そんな中途半端な僕とやる気のある人との間で衝突を繰り返すようになります。

そんな中で人と喋るのが苦手になり、だんだん誰にも心を開かなくなりどもり癖がつくようになります。

休憩時間は眠くもないのに寝たふりをし、ただ時間が過ぎることだけを考えてきました。

自分のことがどんどん嫌いになり、本音で話すことを恐れるようになりました。

そんな僕は周りの人間もどんどん信じられないようになり、最終的に自分の偏差値から10以上離れた大学を受験し、失敗。浪人生になりました。

【大学時代】一念発起し、行動開始。

浪人したときに、これまで考えなかったことをようやく真剣に考え始めました。

何を学びたいか全くわからないし、それをどう将来に結び付けたらいいかわからなかったものの、はっきりと感じていたのは恐怖心でした。

誰とも、うまく話せない。

何か特別人と比べてできることがあるわけでもない。

そんな僕が社会に出ても、何もできるはずがない」という強迫観念に近い恐怖感でした。

そこから立命館大学に入学、大嫌いな自分を変えるために、ボランティアとダンスのサークルに所属、自分なりの自己変革をはじめました。

運営サイドに周り、積極的に関わる中で、コミュニケーション力が多少向上する。

特に、先輩となってからは自分と同じ様に自分のことが嫌いな人、自分と似た想いを持っている人が少なからずいることに気がつきました。

「自分は自分、人は人」のスタンスで、その人の考えている状態ならどうするかを考えながら接する中で「聞いてもらえてよかったです」と言ってくれる人がいました。

自分の存在意義のようなものを初めて感じた瞬間でした。

奥手で何もできなかった恋愛に関してもアグレッシブになります。

3人に告白し全敗に終わるも、大学在学中に奇跡的に彼女を作ることに成功。

社会人になってからもその傾向はあり、そういった内面の激しさをとある先輩からはその容姿とのギャップから「羊の皮を被った狼」と呼ばれる。

はじめて自分のやりたいことを試行錯誤し他人から共感をもらう、感謝してもらう。そうした体験は今の僕の活動にものすごく大きな影響を与えています。

「自分と周りが笑っていられる世界を作る」というその当時の自分なりのやりたいことを見つけ出しました。

昔の写真はこんな感じです。今とあまり変わってない?

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【社会人】当たり前にやれることができず、貼られた「役立たず」のレッテル

社会人になって、僕の自己評価は再び底辺まで落ち込みます。

  • 周りのことが見えず、指示を忘れることが多いと怒られました。
  • 自分の納得したことした行動できず、指示を無視する、あるいはできているつもりでできていませんでした。
  • やりたくないことを先延ばしにして期日を踏み倒してしまうことがありました。
  • 怒られると緊張し、さらに些細なミスを増やしました。

試行錯誤し続けてきましたがそうやっていく中で会社から左遷されます。

現場に出て社会人の基本を学べ」と言われたことは強烈に覚えています。

これは会社の温情であることは理解していましたが、それでも自尊心を傷つけられたという感覚は強く残っています。

そうして現場の職人さんにどやされ、先輩に叱られ続ける毎日を送りました。

本当にちょっとしたことを試行錯誤し、失敗して、今度は新しいことを試してみる。そんなことを繰り返しました。

その当時見てくれた先輩は本当に厳しかったものの、常に僕自身を見てくれているのを感じていました。

どんなに「当たり前」と思われるようなことでも、きちんと教えてくれました。

1年後、成長こそ遅かったものの少しは周りを見れるようになったとみなされた僕は現場監督として復帰します。

ですがそれもでもなお「頑張っているけどできない奴」の評価を覆すには至りませんでした。

「やるべきこと」だけを淡々とやって、やる気は決してあるわけではない状態にイライラしていました。それを残業し、給料も十分ではない中で働いていくことに疑問を感じるようになりました。

「何のために働いているのか」も見いだせず、働くことそのものに嫌気がさしていました。

そうして、最初に勤めた会社を4年勤めた末に退職、予備校の運営会社に就職しました。

ただ、そこで待っていたのは、「周りをよく見ろ」「指示を正確に理解しろ」

前の会社にいたときに言われたことと同じ言葉と評価でした。前の会社で多少はできていたつもりでいたことが違う場所では全く通用しませんでした。

その止めに会社の会議で寝落ちしてしまうという醜態をさらし、入社して3か月で首に近い形で退職することになってしまいました。そこから仕事を転々とする日々が始まりました。

違和感、そして診断へ

ここからアルバイトを転々とする日々が始まるのですが、このころから「周りと比べて明らかに成長の遅い自分」に違和感を覚えるようになります。

様々に試行錯誤しても、怒られたら緊張して、焦って言われているはずのミスを繰り返しました。

周りを見ることについては多少マシになったものの、2,3年現場監督をやっていたと自信を持って言えるほどでもありませんでした。

調べているうちにADHD(注意欠陥多動障害)、大人の発達障害を疑うようになります。そして、検査を受けた結果、「軽度の自閉症」であることがわかりました。

  • 周りを見るのが人より苦手なのはなぜなのか。
  • やりたくないことをやろうとしてもどうしても身体が動かないのはなぜなのか。
  • 指示を忘れやすいのはなぜなのか。
  • 怒られると焦って、これまでできていたことができなくなるのはなぜなのか

自分の認識と周りの人の考え方が大きくどう違うのか気づくきっかけになりました。

上手くいかなかった理由の大きなものとして、自分の「やりたくないこと・不得意なこと」を無理にやろうとしていたからだということに気が付きました。

だからこそ「苦手なこと」「嫌いなこと」を極力減らし、「やりたいこと」を基軸に今後生きていこうと決めました。

診断を受けて

軽度の自閉症であると診断された僕には大きく分けて二つの選択肢がありました。

  1. 障がい者手帳を申請し、治療を受けながら障がい者でも働ける場所を探す。
  2. 自閉症の特性を生かし、自分で生きていく方法を模索する。

自閉症には「自分の興味のあることにしか関心を持たないため、他人やほかの物事に関心を広げるのが難しい」という短所もありますが、それは「好きなことにはとことん集中しやすい」という特性でもあります。

この診断を受けて、僕はこの自分の特性をとても大事にするべきものだと思っています。

苦手なものを克服するために長所を消してしまうように思えました。

「自閉症」という診断を受けましたが、僕にとってはこの診断を「障害」だと思っていません。

人としての特性の一つであると思っています。

そう思うと、僕には②の選択肢しかありませんでした。

このブログで伝えたいこと

僕はこれまで、自分の悩みをあまり人に相談してきませんでした。

あまりにも「当たり前」のことを何をそんなに思い悩んでいるんだと、これまでは思っていたからです。

診断を受けたときにこれまで考えていた「当たり前」は決して「当たり前」ではないことを痛感しました。

そして、ツイッターやSNSを見たときに「当たり前」の壁に苦しめられ、僕の様にSOSを発信もできずに鬱になってしまったりする場合もあるのだと感じました。

結局周りに合わせてしまっていたり、周りに批判されることが怖くて行動しきれない自分がいることに気が付きました。

僕は常識や当たり前といった枠にとらわれて、自分自信を傷つけてしまっていました。

自分の心と向き合えずに苦しんできました。周りに合わせようとしても合わせられずに苦しんできました。

ですがそれでもを乗り越えようと四苦八苦してきました。

失敗続きではあっても、自己評価は低くても、自分自身に見切りをつけたくはありませんでした

だからこそ試行錯誤で前に進む方法をずっと探し続けて、普通の人よりはずいぶんゆっくりでも確実に成長してきました

例え自閉という特性があっても、いや自閉という特性があるからこそ自分のやりたいことを大事にして、幸せになることができると僕自身を実験台にして証明したい。

そんなかつての僕と同じように悩む人にSOSを出す勇気や、一歩行動するための勇気を出すお手伝いがしたい、これが今の僕の原動力です。

そういった逆境の中で前向きに生きたい人たちと友達になって一緒に未来を作りたいと思っています。

長文になりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました!

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